純粋田七

田七について
純粋田七の成分について

サポニン (ジンセノサイドRb1、 Rb2、 Rb3、 Rg1、 Rg2) を主成分とし、その他、ビタミンA、ビタミンB2、ビタミンB8、ビタミンE、鉄分、カルシウム、カリウムや田七ケトンA、田七ケトンBなどが含まれています。

田七の歴史

田七人参(でんしちにんじん)はウコギ科の多年生植物で、元々は野生植物でしたが現在は農業栽培されています。栽培できる環境は、中国雲南省の南東部から広西壮自治区南西部のごく限られた地域に限定され、特に雲南省南東部の文山県で80%が収穫される非常に希少価値の高い植物です。

名前に「人参」と付くことからも分かるように、植物分類学上から言えば、日本でもよく知られている「高麗人参」の親戚にあたり、人参種の原種と考えられています。

雲南省南東部に位置する紅河県・文山県とベトナム国境と接する紅河水系の亜熱帯山域では、古来、漢民族に追われ南下してきた少数民族のヤオ族やチュワン族などの祖先が野生している田七樹液を生活の中で活用していました。特に、チュワン族は田七の根や花弁を乾燥させ健康維持、体力増強を目的に食していました。

明の時代になると、有名な学者であった季時珍は本草網目を出版し「田七は山岳地域に存在し、近代になってやっと知られるようになり人々は活気を補い健康維持のため田七の根を乾燥させたものを食べたり塗ったりするようになった」と賛美しています。当時、田七は高価であったため、金にすら交換することが出来なかったということで不換金とも呼ばれていました。

近年は田七を主成分とした漢方として雲南白葯(うんなんばいやく)や片仔癀(へんしこう)は世界的に有名になりました。ベトナム戦争で中国陸軍の負傷兵が活用していたことで、中国政府は田七の生産量を増大させ、1990年代に輸出禁止が解除されるようになり日本でも販売出来るようになりました。2003年中国政府は田七の品質確保と生産量安定化を目的に、田七の正式名称を「文山三七(ぶんざんさんちー)」に統一しました。文山県以外で栽培された「田七」は「三七」の名称で販売することは許されなくなりました。

田七収穫量は1960年代は数万㎏/年程度に過ぎなかったものが、ベトナム戦争以降栽培強化を計り、1975年代には収穫量が100万kg/年のレベルまでに達するようになりました。しかし、栽培技術の研究不足のため病害虫被害が続発し、1985年には収穫量が10万kg/年までに再度落ち込んでしまいました。その後、病害虫防止に除虫菊などの併植が研究され、2006年には「三七」として890万㎏/年まで収穫出来るようになっています。


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